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東京高等裁判所 昭和25年(う)2783号 判決 1950年11月09日

被告人

安間吉男

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

(イ)  弁護人の控訴趣意第一、二点について。

原判決挙示の鑑定書には本件青酸加里粉末を〇・〇六乃至〇・〇七瓦程度服用したとすれば致死量に多少個人差を有するけれども通常は死に至らない旨の記載があり、原判決の認定事実によれば被告人が判示杉本初代、長谷部とみるの両名に呑ませた本件青酸加里の量が〇・〇六瓦であつたことは所論のとおりである。然しながら右鑑定書によれば青酸加里の致死量は通常〇・〇五乃至〇・三で、通常〇・一五瓦であり、本件青酸加里粉末が純度五九・四%であつて致死量は〇・〇八三乃至〇・五瓦である旨の記載があり、原判決挙示のその他の証拠によれば、被告人は青酸加里は〇・〇六瓦で人を死に致すことを聞き知つており、しかも本件青酸加里〇・〇六瓦を杉本初代、長谷部とみの両名に呑ませたのである。従つて通常の状況においては死の結果を発生する可能性のある事実行為があつたのであるが偶、々本件青酸加里が前記のように純度五九・四%であり、その致死量が〇・〇八三乃至〇・五瓦であつたため、死の結果を発生しなかつたのである。原判決はこの意味において右鑑定書を証拠に援用したものと解せられるから、右鑑定書の採用は決して採証の法則に違反し、原判決に理由齟齬を来たすものではない。而して青酸加里が一般に人を死に致すに足る毒物であることは公知の事実であり、いやしくも人を死に致すことを認識しながら通常致死量にあたる分量を相手方に与えてこれを呑ませた以上、前記の如く偶々純度が低く従つてその分量では致死量に達しないで死の結果を発生しなかつたとしても、なお不能犯となすに足りない。原判決には何等採証法則の違反又は事実誤認の違法はない。弁護人は別異の論拠に立脚して不能犯なりと主張するもので論旨は採用し難い。

(ロ)  弁護人の控訴趣意第三点について。

刑事訴訟法第三百三十五条第二項は法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の減免の理由となる事実の主張について判断を要求しているが、不能犯の主張は行為と結果との因果関係を不能なりとするものであるから、行為の外結果の発生を犯罪の積極的要件とする本件の罪においては、結局罪となるべき事実を否定する主張に帰着するから、法律上犯罪不成立に帰すべき原由たる事実上の主張に該当しない。従つて原判決においてこれに対する判断を示さなくてもこれを以て違法と目すべきものではない。それゆえ論旨は理由がない。

(ハ)  弁護人の控訴趣意第四点について。

本件においては被告人の自殺幇助の所為は原判示青酸加里を杉本初代等に与へた点において、被告人の側の行為は既に完了し、原判示の如く右杉本等がこれを呑んだ後においては、ただ時間の経過によつて死の結果が発生したか否かによつて既遂或は未遂となるに過ぎないのである。従つてかような場合には被告人のみがその後結果の発生を防止するか又は自ら防止したと同視するに足る行為をして、その結果未遂となつた場合に限り中止未遂を以て論ずることができると解すべきである。然るに原判決挙示の証拠によれば被告人は杉本初代等が苦悶を初めたので旅館の人に知らせて医師を呼び迎えるように依頼しただけであつて、あとは旅館の女中及び医師の手当等第三者において結果発生防止のため加工されているから障碍未遂であつて、中止未遂とはならない。それゆえ論旨は理由がない。

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